夢を諦めた父へ


母の事を書いたならば、次は父でしょ?

ということで、父へ向けての言葉です。

 

父は、今でこそ年を取って穏やかになったが俺が学生の時は本当に気性が荒かった。

毎晩のように酒を飲み、酔っぱらうと母に文句を言って夫婦喧嘩を毎日のようにしてた。その喧嘩の声を聞くのが嫌で耳を塞いでたのを思い出す。

俺がサッカー部を辞めて帰宅部になったことで、俺も毎晩のように父に文句を言われた。その時の俺は完全に引きこもりのようになってたので、父の怒りが収まるまで下を向いて新聞を読むふりをして嵐が過ぎるのを毎回待ってた。

俺への文句が終わると今度は母へ文句の嵐の矛先が向かった。ある時、父の怒りが最高潮に達して、母のお腹を箸で指しながら、

 

「お前の腹から生まれた子がこんな風にダメになったんや!」

 

と、母を罵った。

その時、初めて母が泣いた。衝撃だった。母の涙を初めて見たことと、子供の目の前でこんな言葉を言うのかという衝撃。

俺はずっと父が嫌いだった。高校を卒業して、街に出たかった一番の理由は父から離れたかったのだ。

もう、二度と実家に戻ることはないと誓った。事実、就職して6年間は手紙はおろか電話も何もせず、兄の結婚式にも行かなかった。

そして、1人でお金にも困らず過ごしてたのだ。株式投資に興味を向け、お金を貯めて投資の専業というのを途中からしてたのだが、その時に俺が本気で助けようとした女性と出会ってしまったのだ。

そして、俺はその人のモラハラから精神的に追い詰められて、突然夜中に10年ぶりに実家に電話をしたのだった。

電話に出たのは母だったが、何回も「オレです、オレオレ」と、絵に書いたようなオレオレ詐欺風味の電話をしてしまい、母は疑いマックスだった。

そもそも、俺の存在を消してたのか、俺の声を覚えてなかった。何回も説明したら、やっと俺と分かってもらえた。

母から父に電話が変わり「もう戻って来い!部屋の荷物はそのままにして、とにかく朝イチにこっちに戻れ!」

そう言われた。俺がもう死ぬしかないと電話してしまったからだ。

良くも悪くも、この出来事により、両親との縁が復活した。

母はこの電話の後に夜に寝れなくなり、体重が激減したと言ってた。本当に悪いことした…

父は俺が夜逃げ同然で実家に帰って来た時、何も責めず、とびきり優しかった。学生時代とは別人のように優しくなってたのだ。

それなのに、しばらくして俺はまた、この女性の元に戻ってしまった。せっかく両親がアパートを引き払うお金も出してくれて、荷物もそのままに夜逃げ状態の部屋の撤去代も余分に払ったのに。

本当に洗脳された信者の心境なのだ。あの人が心配でたまらないのだ。お金を目の前で投げ捨てられたり、毎日謝罪を求められ、死ねとも言われる日々で本当に精神的に追い詰められて夜中に実家に電話したのだが、それでも、そんなことがあっても、やはりあの女性が心配で、その人から離れた事を後悔する自分がいた。

 

も゙う、この時に俺のゴールは、心も壊れお金も全て失うのが決まってたのだと思う。

これ以外の結末はなかった。

そして、結局全てを無くして、俺は二度と戻らないと誓って出たはずの実家に戻った。

 

昔は、二人ではまったく会話がないどころか、一方的に怒られるばかりだった父と一緒にトラックに乗り、農作業に向かう車中では社会のニュースの事や昔話、いろんなことで会話が弾み、なんのわだかまりもなくなっていた。

仕事中、父の後ろを歩いてると、あんなに怖くて迫力があり、大きい背中と思ってた父の後ろ姿がやけに小さく見えた。

右腕が麻痺して動かなくなってて、農作業もままならなくなってた父。しかし、一旦仕事を始めると、びっくりするぐらい作業効率を考えて先を見てるのだ。俺が目先の作業にだけ一生懸命になってると、その先のことをあっさり教えてくれて、なるほどと思うことばかりだった。

俺が実家に戻って、映画好きな父の為にNetflixAmazonプライムなどを見れるように設定したんだが、当然ながら設定に関しては、父はまったく理解出来てなかった。

つまり、父の農作業での先を見た行動は長年地道に作業して来たからこその経験から来る知識であり、生きて来た痕跡なのだ。

都会に出るという夢を諦め、体が悪い祖父の後を引き継いだ父。この地に根を張り、地道に生きて来た父の足跡。

あんなに頑固で気性も粗く、絶対に俺が生まれた事を後悔してると思ってた父。しかし、俺がピンチの時の素早い判断力と頼りになる経済力。田舎だから決して稼ぎは多くない。何かあった時の為にお金を貯めてたのだ。こんな時の為に。

もう、父と話すことも、実家に帰ることもなく、絶対に両親の死に目にも会えないし、二度と会うことすらないと思ってた俺の人生。

しかし、俺が全てを失うのと同時に、父の偉大さを知り両親との縁も戻って来た。

俺の出来ることは、父の偉大さと生きた足跡をここに記すことぐらいだ。

 

いつか、いなくなる父へ。

 

先に行って待ってて下さい。また困ったら会いに行くから。

 

先に行って、そこでも俺の居場所を作ってて下さい。