人を赦すということ

「許す」とはこれから行う行為を許すということで、「赦す」とは、おこってしまった過失や過ちを赦すことだから、今回書きたいのは「赦す」の方だ。

先ほど、俺の車に向けて対向車線を越えてぶつかって来た老人からの電話を受けた後のことだ。

俺の電話を聞いてた父親が、

 

「お前は本当に甘い!相手が悪いんだから、見舞金も取れるだけ取るべきや!」

 

そう言い出した。しかし俺は、

 

「相手は泣いていたよ、俺は車さえ戻ればそれでいい。泣いてる人にこれ以上追求出来ないよ」

 

このことで、少し口論となった。

ハッキリ言って、俺が甘いのは十分認識してる。

だから、自分の全財産が全てなくなったのも、こんな甘さが原因だ。

しかし、泣いて謝ってる人をさらに追い込んで、必要以上に謝罪や償いをしてもらうと、俺の心が痛くなるのだ。もしかしたら、夜も寝れなくなるかも知れない。

お金はもちろん大事だが、その後の自分の心が一番大事だ。だから、偉そうな言い方かも知れないが、俺はこの老人を「赦した」のだ。

 

だから、これ以上は追求しない。

 

実は俺は交通事故に遭ったのは、これが最初ではない。

もう10年以上前だったが、夜中に俺が直進してた時に右側のファーストフード店から車が出てきたが、その車が対向車線をはみ出して俺の車に当たったのだ。

俺の車は50キロのスピードは出してたから、そのままガードレールにぶつかり、修理が不可能なほどに大破した。

 

しかし、相手の車は逃げた。

 

俺はこの時もドアも開かなくなった車の中から自分で警察に電話した。この時は何もケガをしてなかったので、警察だけに通報した。

警察が来る前に逃げれないと思ったのか、若者が3人、俺の車にやって来た

そして何を言ったかと言うと、

 

「俺たちの知り合いの車屋があるから、そこで修理しよう。だから、警察には言わないでくれ!」

 

そう言って来たが、俺はもう通報してたから後の祭りだ。警察にはもう通報したと告げたら、若者の顔から血の気が引くのを感じたが、それには理由があった。

警察が来て別々に事情聴取が始まったが、その時に警察から告げられたのは、向こうの車を運転してた若者は飲酒運転であり、無免許運転だったのだ。

 

そりゃあ、逃げるはずだ。

 

しかし、俺は相手と口裏を合わせようとしてしまった。相手の罪が重くなるのが可愛そうだと思ったからだ。相手が警察に通報せずに逃げたとなると、さらに罪が重くなると思って「事故の後にすぐに来てくれた」と嘘をついてしまった。

しかし、俺は自分で通報してたから、その時に相手が逃げたと言ってしまってたのだ。3人は別々に取り調べを受けてたから、3人の証言に矛盾があるから庇わなくていいから正直に言って下さいと警察官に諭され、俺は観念して正直に話した。

無免許運転してたのは19才の少年だった。建設業の見習いとして働き始めたばかりで、会社の車を勝手に持ち出し、さらに飲酒運転で起こした事故だった。

そこの会社の社長はいい人で「ジョージさんの好きな車を言って下さい。その車で弁償します。アイツにはしっかり働いてもらって、給料から天引きしますから!」

その言葉を聞いて、俺は可哀想になって、

 

「俺はどんな車でもいいですよ、なるべく安くして、あの子の負担にならないようにして下さい」

 

そう伝えた。しかし、そんな事を言っても、多少は良い車を弁償してくれるだろうと思ったが、持って来てくれた車はボロボロの軽自動車だった。

俺の事故した車も軽自動車だったが、買ったばかりだったから、このボロ車よりは新しい。

さらに、このボロ車は助手席のドアのカギ穴にカギが挿し込めず、助手席からはカギがかけれないのだ。

さらにルームランプの電球も切れてた。室内の天井も何かの汚れで汚れまくってた。

さらに俺のいるところまで運転して来た車屋が助手席の前の小物入れの扉を力を入れすぎて閉めたから、それも壊れて扉が閉まらない。

普通の人ならば、ここで苦情を言って、この車では嫌だ!と言うだろうけど、ミスター気弱な俺はせっかく用意してくれたから断っては悪いと思って、

 

「いい車っすね〜!」

 

と、言ってしまい、そのボロ車を受け取ってしまったのだ。

 

向こうから対向車線をはみ出してぶつかって来たのに…

 

それなのに俺を心配もせずに真っ先に逃げようとしたのに…

 

飲酒運転で無免許運転だったのに…

 

俺も嘘をついて相手を庇おうとしたのに…

 

相手の少年の未来を心配して、安い車でいいと言ったのは、間違いなく俺だが、本当に一番安いボロい車を俺に持って来た。まさかと思ったが、何も言わずに受け入れた。

 

これが俺という馬鹿だ。

 

さらに、このボロ車を受け取った後に、19才の少年から裁判が有利になるような手紙がほしいと言われ、俺も少年の量刑を軽くしてもらうようにネットで調べて手紙も律儀に送った。

字が下手だから、何回も何回も丁寧に書き直して送った。しかし、その後になんのお礼もなかった。

 

俺はこうやって今まで生きて来た。

 

こんな生き方だからこそ、全てを失ったのは自分でも分かりすぎるほど分かってる。

 

でも、そんな経験があっても、今回も相手の老人を赦す。

父親のような人間が、今の世の中で良い思いをするのは分かってるが、俺みたいな人間がいたっていいじゃないか。

 

もし、いろいろな人に裏切られて傷ついた人が、いつかは俺みたいなお人好しに出会ったならば、その人の心は少しは癒えるのではないかなと思いたい。

 

全てを失っても、また人を赦すことから始めたい。

 

人を赦さない人生は、きっと目覚めが悪い朝から始まるだろう、全てを失った今でも、きっとそう思う。