兄貴と呼んでくれた日々



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今はこんなに寂しい人生を送ってる俺だけど、昔は後輩から慕われた日々もあったのだ。

 

後輩の名前は特徴があって見る人が見るとすぐに特定される名前だから、ちょっと名前はアレンジして、

「竹千代」と言った。

当時の会話もほとんどがそのままだが、脚色も加えながらデコレーションした会話となってますが、それはご了承下さい。

竹千代は最初の職場で出会った人懐っこい男だった。

俺と同じ部署だったけど、ミスター人見知りの俺はあまり積極的には話しかけずにいたんだが、竹千代はそんなのお構い無しに、全体重をかけて俺を頼ってくるのだ。

「おっ!なんだか可愛い奴だな」

兄はいたが弟はいなかった俺は、初めて弟が出来たような気持ちだった。 

竹千代は体育会系で女性に不慣れだったらしく、恋の相談も俺にしてくるのだ。

「ジョージさん、俺は恋がしたいっス!どうしたらいいですかね?」

そこで俺の華麗な女性遍歴の経験からアドバイスを……

と、出来たら良かったのだが、俺もほとんど女性経験がなかった二十歳前後の時期だったから、妄想からのアドバイスしか出来なかった。

「竹千代くん…恋はまぼろし。恋は追いかけちゃダメ!女はレインボー。虹は追いかけても追いつけないだろ?今はステイだ!焦るな!犬になれ!ワンワン!」

 

本当の女慣れしてる先輩なら、自分の女友達を紹介したり合コンに誘ってやったりして、女性と接する機会を作ってやるもんだが、そこはミスター挙動不審の俺では女友達はおろか合コンにすら行ったことがなかったから、女性に対して何も行動をしないという絶対にダメなアドバイスをしてしまったのだ。

それでも竹千代は水晶のような透き通った目で、

「さすがっス、ジョージさん!そうか今は待てか…勉強になります!」

そんな無邪気な笑顔で俺を信頼してくれたのだ。

 

うっ……胸が痛い……女性経験など数えるほどしかないのに、女性経験1万人を超える伝説のAV男優、加藤鷹なみの悟りの境地のアドバイスをしてしまった…

これはなんとかせねば!

俺は密かに竹千代の兄貴のような気分となってた。

 

それからの俺は自分から竹千代に話しかけたり、今までの自分ではありえないほどに先輩風を吹かせて、竹千代の面倒を見ようしたのだ。

そんな竹千代がある時に、

「兄貴!ジョージ兄貴!今日の朝、あそこのバス停の前を通りましたか?色気のある人妻風の女性が欲求不満そうにバスを待ってましたよ!」

 

兄貴?

 

今なんて言ったのだ、竹千代?

 

俺は人から初めて兄貴と呼ばれた感動で、嬉しさを必死にこらえてた。

竹千代の極めてお下劣な発言への注意も忘れて、俺は本当に感動してた。俺はこの日から兄貴となった、お兄ちゃんとなったのだ! 

後から聞いたら、竹千代からしたら親しみを込めての冗談のつもりで兄貴と呼んだらしいが、俺は嬉しさを隠しながら、

「まぁ俺なら兄貴と呼んでもいいが、俺だけだぞ!他の先輩には失礼にあたるし、会社では礼儀が一番大事だからな」

こんな真っ当な説教をしてしまったが、本当は兄貴の座を渡したくなかった。兄貴という呼び名は俺のものだ、俺が独り占めや!

 

当然、そんな思いは隠して、俺はいつもの通りに女性攻略の作戦会議を仕事の休み時間に竹千代と語り合っていた。

 

「いいか竹千代。女性が野球のピッチャーならば、俺達はキャッチャーだ。しかし、キャッチャーの持ってるグローブが新品のほぐされてない硬いままのグローブでは、女性から投げられたどんな玉も上手くキャッチすることは出来ない。グローブは本格的に使う前には柔らかくほぐして柔軟な状態にしとかなきゃならん。竹千代の下半身のグローブもどんな女性の玉をも受け取れるように柔らかくほぐしにいくぞ!まぁ実際は柔らかくするどころか竹千代のグローブは、ますます硬くなるんだがな、ワッハハ!」

まるで思春期の中学生のような品のない会話である。

それでも、そんな俺のアドバイスでも竹千代は、

「兄貴…ついに行くんですね…大人の竜宮城に…」

そう、女友達もいなくて合コンにすら行ったことのない俺が竹千代を男にするには、この方法しかなかった。夜の街の乙姫たちの手を借りるしかない。

そうだ、大人の竜宮城、男にとっての夢の国だ。そこには美しい乙姫たちが待っている。そこに竹千代を連れていく。

俺に出来るのはこれしかない。竹千代を男にする!

二人で休みを合わせて、ついにその日が来た!

 

大人の竜宮城へ向かう車中、俺はまるでこれから戦いに行く戦士のような表情でこう言った。

「竹千代、今日俺たちは歴史を変えようとしてる。古い考えはいつか壊して捨てなきゃならない。今日は、そんな日だ。女体の夜明けぜよ!!」

まるで幕末の志士のような気持ちだ。坂本龍馬もきっと応援してくれてる!

竹千代も、

「兄貴!僕も一週間前からグローブを磨いてません。今日この日のために温存してます」

 

この竹千代の気持ちに最大限の状態で応えたいが、それは俺ではどうすることも出来ん。今から行く大人のワンダーランドにいる女性が本当に竹千代好みの女性なのかは神のみぞ知るだ。

そんな会話をしてたら、その当時の俺たちの住んでる地域から2時間ほど離れた怪しげな店が立ち並んでる場所に着いた。

お目当ての店の前には中年の男性が立ってる。その店が目的地なのに、俺たちは素知らぬ顔をして通り過ぎようとした。これも事前の打ち合わせ通りだ。

「お兄ちゃんたち、ちょっとどうですか?可愛い子いますよ!遊んで行きません?」

そんな言葉で俺たちを誘惑してくる。

俺たちの目的地は、まさにここだから断る理由もない。俺は夜の世界は慣れてまっせ!風を装って、

「おっ竹千代、こんなに誘ってくれるからちょっと遊んで行くか?」

そんな言葉を発しながら二人は店の中に吸い込まれた。一回しか店に誘われてないのに、しょうがないなぁ的な感じを装って…

ここが運命の別れ道だ。俺はいい。俺はどんな女性でもいいんだ。女優に似てようが有名女子アナに似てようが、誰でもいいんだ。贅沢なんか言わない清純派女優似でも誰でもいい。俺みたいな人間を相手にしてくれるなら若くて綺麗なら何も文句は言わない。

とにかく今日は竹千代の男としてのハッピーバースデーなんだ。竹千代だけは良い女性に巡り合ってほしい!

そして、二人別々の部屋に通された。

竹千代は俺の方をチラリと見て、親指を突き出した。まるでターミネーター2のシュワちゃんやん。

 

「I'll be back」(戻ってくる)

 

そんなセリフが聞こえてくる。そりゃ入り口はここだから戻ってくるだろ。しかし本当に竹千代が心配だ。最初が肝心。相手に馬鹿にされたり、最初のグローブ慣らしに失敗でもしたら自信を無くさないだろうかと俺は本当に心配した。

しかし、自分の心配もあった。別の部屋に通された俺の目の前には女優の室井滋さんに似たお姉さんが待ってた。決して室井滋さんは悪くないですよ、大人の魅力はあるし知的だし、演技は上手いし。しかし、二十歳前後だったその当時の俺にとっては室井滋さんに似た女性はお姉さんというかお母さんに見えたのだ。

 

そして緊張もあって、俺の下半身のグローブは千年湯に浸かってたみたいに、最初からフニャフニャの柔らかゼリーのようにほぐすのも必要ないほどに戦力外通告の状態だったのだ。結局、室井滋さん似のお姉さんとは楽しく会話をしただけだった。

 

俺は慌てて時間を早めて部屋を出て、待合室で竹千代を待った。しばらくして、待合室にやって来た竹千代の顔は赤く紅潮してた。

 


いったいどうしたんだい?成功したのかしてないのかい?

 

なかやまきんに君のような俺の問いかけに竹千代から出た言葉は、

 

木の実ナナに似てました」

 

ダメだったかぁ……失礼な話だが、高校を卒業したばかりの竹千代には魅力あふれるミュージカル女優の木の実ナナさん似の剛速球は受け止められなかっただろうな…もしかしたら試合放棄だったか…

 


さらに竹千代は、

 

 

 

「3回もしちゃいました♡」

 

 

なんと、竹千代は大満足!見事初めての女性との魅惑のキャッチボールは大成功だったのだ。

帰りの車中での竹千代は自慢気に木の実ナナさん似の女性とのキャッチボールの状況を事細かく教えてくれた。

「最初は普通のキャッチボールだったんですが、途中からナナさんは背面キャッチしたり、僕の上にまたがって変化球も投げてきたり、本当に大変でした。途中から僕もついつい剛速球投げ返したら、ナナさん壊れちゃうって言ってましたよ♡」

良かったよ、竹千代。兄貴としてこんなに楽しい時間はない。

 

木の実ナナさん似の女性よありがとう!竹千代のストライクゾーンの広さに乾杯!

 

 

そんな楽しい兄弟の日々だったが、2人の前に突然の別れの時が来た。竹千代が会社を辞めることになったのだ。遠い地域からの就職だったが、実家の近くに良い会社が見つかって親も心配だからと実家に戻ったのだ。

俺もその後すぐに会社を辞めたから、竹千代とはそれから疎遠になった。なぜなら、俺は携帯の番号を変えてしまったからだ。俺は全てリセットして新しい場所でやり直したかったから、竹千代との縁も切ってしまった。

 

でも、俺を兄貴と呼んでくれたのは竹千代だけだ。

 

だから、一生、竹千代のことは忘れない。

 

 

俺を兄貴にしてくれて本当にありがとう。