あの子が落ちていく


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僕は不良ではなかった。


当たり前だ、こんな気弱な不良なんているものか。


しかし、不良に憧れたことはあった。


いや、不良じゃなく強さへの憧れかな


そんな僕は人生でタバコを一回だけ吸ったことがある。

しかし、それは大人になってからだ。それも無理やり吸わされた。モラハラ彼女から、唇に火の付いたタバコを押し付けられそうになり、それを逃げようとしたら「じゃあタバコを吸ってみて!」と強要され、その時に人生で初めてタバコを吸った。


タバコで思い出すのは、僕が小学校の時に一緒にサッカーをしていた〇〇君だ。彼は中学校1年生で、もうタバコを吸っていた。

〇〇君はお父さんと弟の3人家族だった。

家がボロいと周りから馬鹿にされてて、お母さんは突然いなくなったような事を聞いていた。

だから、〇〇君の遠足のお弁当はお父さんが作ってた。白ご飯に黒いノリだけがいっぱいに貼り付けてあるだけの、お弁当だった。

〇〇君はお弁当を見られるのが恥ずかしいのか、弁当箱の蓋で中身を隠すようにお弁当を食べてた。周りの男の子たちはそんな〇〇君の気持ちを無視するかのように、〇〇君のお弁当の中身を覗いて馬鹿にしてたような記憶がある。

僕は〇〇君の恥ずかしい気持ちが分かったから、〇〇君のお弁当を馬鹿にすることはなかった。

今の僕の知識なら理解出来るが、〇〇君は癇癪持ちだったみたいだ。突然怒り出し、先生も手が付けられない時があった。

ある時、〇〇君は家がボロいのを馬鹿にされ、教室のドアを閉めて教室に閉じこもった時があった。

僕は一緒にサッカーをしたり、放課後は〇〇君と一緒に家まで帰ったりしてたから比較的仲が良かった。そんな僕に先生が〇〇君を教室から連れ出すように頼んで来た。

僕は内心は困ったなぁと思ったのを覚えている。先生が説得してもダメなのに、僕なんかじゃダメだろ。そんな素直な気持ちだったように感じる。

でも、僕が説得しに行ったら、〇〇君は素直に教室から出たのだ。

僕は小学校の他の思い出はほとんど覚えてないけど、〇〇君との、この場面はなんとなく覚えてる。


毎日のように〇〇君とサッカーをしてた日々。そんな僕たちは中学生になった。


僕は最初は卓球部に入り、女子にまったく相手にされない悔しさから、女子にモテるためにサッカー部に入り直し、その結果、願望通りにモテモテとなった。


一方の〇〇君はサッカー部には入らずに、なんと見事な不良となってしまった。


女子にモテモテとなり天狗の鼻が伸び切って、調子に乗ってた僕は同級生の不良に目を付けられ、1年生の夏休みが終わった新学期の初日に、クラスのみんなの前で同級生の不良にボコボコに殴られてしまった。

本当に見事な転落劇だ。病院には行ってないから、確実ではないが、俺は同級生からの暴行により天狗のように伸び切った鼻の骨を折られたと思う。同級生の不良の切れ味鋭い見事な膝蹴りにより、僕の鼻からは見事な真っ赤なシャワーが吹き出した。

その時の暴行されたことは先生にも親にも言わずに、自分だけの心にしまい込んだけど、今の知識がある僕ならば、すぐに病院に行って診断書を取っただろう。加害者が14歳未満なので、「刑事未成年」となり、残念ながら暴行罪は成立しない。ならば、保護者に慰謝料請求だ!相手の家まで突撃し、そこで僕と僕の両親ともども涙と怒りの謝罪要求を相手の保護者に高らかに訴え、そして見事に相手からの誠心誠意の謝罪と慰謝料ゲット!


と、今の知識の僕なら、そこまで考えが及んだけど、中学生の僕にはそんな考えは浮かばなかった。ただただ、調子に乗ってた自分への自己嫌悪だけがずっと心に残った。


不良にもなれず、人気者にもなれず、その後の僕はすっかり自信を無くしてしまった。まるで翼を折られたすずめだ。小さな小さな、すずめのクセに調子に乗って自分をタカだと思ってた馬鹿な行いの報いだ。今の弱ったすずめの僕では「すずめの戸締まり」さえ出来やしない。


その後はサッカー部にも僕を殴った不良の不良仲間がいたから、僕はまた殴られるかもとビビってサッカー部も辞めてしまい、見事な帰宅部となってしまった。


なんて惨めなんだ。あんなにサッカーを好きだったけど、自分の臆病さと未熟な心のせいで、大好きなサッカーさえ諦めてしまった。


そんな僕が家への帰りのバスを座って待っていた時に、サッカー部の不良が僕に因縁を付けて来た時があった。

その時の僕はサッカー部で調子に乗ってた時の僕とはもう別人だ。人とまともに目も合わせられなくなってて、本当に雨に濡れたチワワみたいな弱々しい怯えた目をしてたはずだ。

そんな僕をさらに不良が追い詰める。僕はまた殴られる!そうだ、もう全てを受け入れて楽になろう。僕はもう相手のパンチを受け入れる準備をしていた。


その時だ!


「おい!止めとけ!!」


激しく重低音のドスの効いた声。


あの〇〇君の声だった。


〇〇君は、この中学生で一番の悪い不良となり、とんでもない極悪人となっていたのだ。


その〇〇君が僕を救った!!


僕はこの時、〇〇君は僕が小学校の時に〇〇君が教室に立てこもった時に説得しに来てくれた事を感謝してくれてたのかなと思った。よくあるでしょ?海外の動物のエピソードで猛獣を育てた人を猛獣は大きくなっても忘れてないという温かなエピソードが。

まぁ、逆のエピソードもあって、人間側は懐かしくて猛獣に近づいて、猛獣はそんなことすっかり忘れてて、ただの餌が近づいて来たと思って人間が襲われるケースもあるけどね…


しかし、〇〇君は間違いなく僕を救ってくれた。


そんな〇〇君の傍らには中学校1年生のクセに彼女までいた。なんてこった!僕なんて、まだ女子の秘密の花園の姿形さえ見たことないのに、〇〇君は彼女と早くもイチャコラしてるっていうのか!

この時の僕は女子の秘密の花園を夢で見たとしても、夢の中では女子の秘密の花園にはいつも霧がかかってるっていうのに、〇〇君は女子の秘密の花園を、もう現地調査をしていたのだ!


俺はこれにもっとも衝撃を受けた!


家をボロいと馬鹿にされてた〇〇君、その馬鹿にしてた小学校時代の上級生を、中学生になってから、殺すほどにボコボコに殴ってる姿を俺は見た。


お父さんが不器用ながら一生懸命に作ってくれた、お弁当を見られるのを恥ずかしがってた〇〇君、その〇〇君は中学校の教室の窓ガラスを金属バットで割って歩く不良になった。


教室に立てこもって泣いていた〇〇君、ついに男の先生の胸ぐらを掴んで顔面を何回も殴る本物の極道予備軍になった。


そして、その時に学校側が警察に通報。警察官が中学校に来て、とうとう〇〇君は警察署に連れて行かれた。


その姿が、僕が〇〇君を見た最後の姿となった。

 

そして、3年半前に実家に帰った僕は、〇〇君はどうなったかを母親に聞いてみたんだ。


「〇〇君は家を出てから行方不明みたいよ。お父さんは1人で家で亡くなってた。家が古かったし、近所付き合いもなかったから、遺体が見つかるまでに時間がかかって可哀想な状態だったよ。〇〇君は葬式にも来なかったみたい」


〇〇君は今も行方不明だ。

 

でも、僕も同じようなものだ。何年も音信不通で、無一文になって、命からがら実家に戻った。タイトルの、


「あの子が落ちていく」


〇〇君を思って、付けたタイトルだったが、落ちてるのは僕だ。


不良にもなれず、中途半端な人生で人のことを品定めしたようなタイトルを考えるなんて、なんて僕はお馬鹿なんだバカバカ。


〇〇君は僕に感謝してくれてたのかな?


それだけが、〇〇君に聞いてみたい質問だ。

 


こんな事を考えながら、僕の落ちていく時間だけが今日も虚しく過ぎていく。